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投稿記事

ナウシカと現代医療の交差点

コラム

現在、静岡県立美術館で「金曜ロードショーとジブリ展」が開催され、多くの来場者が訪れています。私も足を運び、様々な映画を追体験できる魅力的な展示がありましたが、特に「風の谷のナウシカ」の腐海や王蟲が、巨大な造形物で再現された展示は圧巻でした。

宮崎駿の「風の谷のナウシカ」には、人と自然、そして身体との向き合い方について深いテーマが描かれています。特に漫画版ではよりテーマが掘り下げられています。汚染された世界を浄化するために生まれた「腐海」の植物は、一見有毒で人間に害をもたらす存在です。しかし物語が進むにつれ、それらは大地を清める役割を持ち、逆に人間のほうが汚れた環境に適応してしまったことが明かされます。つまり、人間の身体そのものが、汚染に「慣れる」よう設計されていたのです。

この「適応」のあり方は、私たちが日常診療で向き合う免疫の働きと、かなり通じるものがあります。

アレルギーは、身体が本来無害なもの(花粉、食物、ダニなど)に過剰に反応してしまう免疫の誤作動です。これに対する治療のひとつが「脱感作療法」。少量のアレルゲンを長期間かけて体に慣らし、免疫の過敏さを和らげていく方法です。まさに、ナウシカの世界で人間が腐海に順応していったのと似た「免疫の再教育」と言えるでしょう。

最近では、花粉症の治療として抗アレルギー薬を内服するのではなく、舌下免疫療法という少しずつアレルギーに身体をいわば慣らしていく方法も外来で行えるようになっています。

泌尿器科の領域でも、免疫の調整は重要なテーマです。たとえば、男性にとって残尿感など不快な症状が続くやっかいな病気である「慢性前立腺炎」のひとつの機序に、細菌感染が引き金となり、その後免疫の攻撃によって症状が長引くというものがあります(※慢性前立腺炎は原因が多岐に渡るのであくまで一つの原因です)。細菌感染があまりないような状況でも身体が反応して自身を苦しめてしまっているのです。

また、近年がん治療で従来の抗がん剤以外に免疫チェックポイント阻害剤という新しいメカニズムの治療法が登場し、泌尿器科を含めたがん治療が劇的に変化しています。本来であれば、がん細胞も免疫によって排除されるはずなのですが、がんは非常にずる賢く、免疫からの攻撃を避けるブレーキのような仕組みを利用してしまいます。免疫チェックポイント阻害剤は、このがんが作っている“免疫のブレーキ”を外す薬です。免疫の力そのものを強める薬ではなく、免疫が本来持っている「がんを攻撃する力」を取り戻す薬と言ったものです。治療によって免疫が再びがん細胞を認識し、攻撃できるようになることで、がんが小さくなったり進行が遅くなることが様々ながんで行われるようになっています。

そして、近年直面した新型コロナウイルス感染症も、実はこの「免疫のバランス」が重症化の鍵を握っていました。特に重症例では、「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走が肺や全身の臓器に炎症を引き起こし、命に関わる状態に陥ることがあります。つまり、ウイルスそのものだけでなく、それに対して体がどう反応するか―この「免疫のさじ加減」が、生死を分ける要因になるのです。

ちまたで「免疫を高めればいい」とは言われますが、医学的には免疫力を過不足なく適切に高めることは非常に難しいのです。

 私も新型コロナウイルスのパンデミックでウィズコロナが叫ばれ始めた頃に「風の谷のナウシカ」の漫画版を再読し、フィクションであるはずのその世界観と、現実社会で起きていた出来事の相似性・予見性に愕然とする感覚を覚えました。作中では、人類は腐海という過酷で危険な環境の中で生きていかざるを得ません。清浄な世界を夢見ながらも、血反吐を吐き、毒にさらされながら、それでもなお歩むしかない──そんな強靭さと諦念の中で暮らしています。これは闇と対峙して排除しようとするのではなく、闇を抱えて生きる姿です。パンデミックを経て気候変動が厳しさを増す現在は、まさにその方向へとシフトしてきています。不確実性が高まる世界で、完全な正解はなく、「不確実な中で最善を探す」営みになっています。80年代に既にこのような現在を予見するテーマをエンターテインメントに昇華させている手腕には脱帽します。お時間がありましたら、漫画版も是非ご一読ください。