奇跡の治療は存在する?アスクレピオス神話と夜間頻尿の現実
ギリシャ神話に登場する医神アスクレピオスをご存じでしょうか? 星座の話で「へびつかい座」として紹介されることもある神様です。彼はケンタウロス族の賢者ケイロンから医術を学び、やがてギリシャ一の名医として名を馳せるようになりました。
その治療法は少し変わっていて、大きな蛇に病人の患部をかませることで病気を治すというものでした。たとえば、お腹が痛い患者には蛇にそのお腹を噛ませる…。いま聞くと突飛な方法ですが、実際にそれで多くの病気を治したと伝えられています。やがて死者すらも蘇らせるようになったアスクレピオスは、死の神ハデスの怒りを買い、神ゼウスに雷で討たれてしまいました。
この神話の中で彼が持つ「杖に蛇が巻きついた」道具は、現代の医療のシンボルにもなっています。WHO(世界保健機関)のマークにもこの杖と蛇の意匠が見られます。
さて、この神話は単なる空想ではなく、医療の本質を突いているとも言われます。というのも、ほとんどの治療というものは、少なからず体にとって“攻撃”でもあるからです。たとえば薬は、病原に打ち勝つための手段ですが、副作用というリスクも持ち合わせています。手術もまた体にとっては大きな侵襲です。しかし、それを上回る「治癒力」や「体力・免疫力」があるとき、病気を克服できます。
最近は「副作用のない」「体に優しい」などとうたった健康食品やサプリがあふれています。特に夜間頻尿に関しては、原因が様々絡みあってなるものであるにも関わらず、たった一つのサプリで改善するような誤解を与える広告も見受けられます。
ですが、専門的にみると夜間頻尿は「加齢」「前立腺肥大症」「過活動膀胱」「水分摂取の量」「睡眠障害」「腎機能の低下」など複数の要素が絡み合っており、簡単に治るものではありません。夜間頻尿ひとつとっても専門的には様々な原因を調べる必要があり、非常に大変なことが多いです。私もすべての人が副作用なく、ピタリと夜間頻尿が改善する薬があれば、既に私も使用しているでしょう。それこそ奇跡の薬です。
確かにサプリや養生で「少し良くなる」ことはないとは言いませんので全面的に否定はしません。しかし、高い価格と効果という点では、クエスチョンです。
アスクレピオスの蛇は、病を治すにはある程度の「リスク(かみつく=副作用)」が必要だということを象徴しています。人は誰しも副作用なく、効果が得られるものを期待してしまいます。しかし、リスクをゼロにする治療は効果も得ることは難しいので、医療者は、そのリスクをできるだけ小さくしながら、患者さんの治癒力を引き出せるようサポートしています。サプリを全否定するわけではありませんが、まずは「自分にとって何が原因なのか」を知ることが大切です。ご自身の症状の背景を知り、医療と上手に付き合うことが、遠回りのようで一番の近道かもしれません。
